Rukaさんのケース
Rukaさん(61歳、男性、患者家族)2026年8月4日投稿
妻が2014年頃(正確な時期は定かではありません)にNIIDと診断されました。今は、臥床状態でナーシングホームと呼ばれる充実した医療サービスの提供を受けられる施設に入所しており、寝たきりで、中心静脈栄養と抗てんかん薬の点滴を受ける生活になっています。
現在までに妻が発現した臨床症状は、筋力低下、皮膚の疼痛、網膜ジストロフィ、激しい嘔吐、脳炎様症状(振戦)です。
きっかけは、妻から目が見えにくいという訴えがあり、眼科を受診したことでした。杆体・錐体ジストロフィとの診断でした。はっきりとは言われませんでしたが細胞を検査で核内封入体が観察されたのでしょう、遺伝関係の疾患の可能性があると言われました。触れた時の皮膚の疼痛があったこともあり、大学病院の神経内科とペインクリニックを受診することになりました。
2016年、ペインクリニックで処方された「サインバルタ」という薬を服用していた時期に激しい嘔吐症状が出て、診察を受けていた病院に入院しました。この時は3週間ぐらいで嘔吐症状は治まりましたが、入院中に受けた皮膚生検を含む検査の結果と臨床症状(筋力低下、皮膚疼痛、網膜ジストロフィ)からNIIDの確定診断が出ました。
確定診断後、視覚機能と筋力の低下のために妻は仕事を辞めましたが、眼はある程度の視野と視力を保てていたことで、外出に車椅子を使えば日常生活のレベルはそれほど落ちることはありませんでした。
この時、①両上肢の著しい機能障害、②両下肢の著しい機能障害、③視野の1/2以上の欠損、で障害者1級の認定を受けることができました。主治医の診断書に加えて幾つかの書類を準備して申請したと記憶しています。
次の大きなイベントは2018年11月の家の中での転倒でした。激しい転倒ではなかったので一晩様子を見たのですが、強い痛みが取れなかったので近所の整形外科でレントゲン検査を受けたところ股関節を骨折していました。急ぎ、近くの病院に入院して人工関節を埋め込む手術を受け、手術はうまくいきました。麻酔薬や抗生剤等の影響で嘔吐症状がでないか心配していましたが、手術後しばらくは嘔吐症状出ず、意識レベルもそれまでと変わらない様子でした。しかし病院内で療養中にMRSAに感染、感染を抑えるための治療をうけていたころから激しい嘔吐が見られるようになり、最終的に脳神経外科で通院していた大学病院に転院しました。転院後2カ月ほどで嘔吐は治まりましたが、療養病院に移って2カ月ほどの経過観察後にようやく退院できました。ほぼ同時に介護保険の申請を行い、要介護5の認定をもらいました。
退院後は自力での立位保持は出来なくなりましたが、時間の経過とともに意識レベルは徐々に回復していき、短期記憶に問題はありましたが会話は何とか出来る様になり、約1年後には要介護度が4になるまででした。ただ、自力での立位保持が出来なくなったことで、外出時はもちろん、家の中でも車椅子移動になりました。外出用と小型の家の中用に2台の車椅子を準備して、介助することでベッドからソファ、トイレ、洗面所、外出用車椅子への移動させていました。少しでも残っている機能を維持するために、週に2回のデイサービスでシャワー浴やレクリエーションに参加させてもらったり、障害サービスの同行援護サービスで週に3回のリハビリ(理学療法、作業療法)を行っていました。加えて介護保険で週に1回の訪問入浴サービスも受けていました。
この時期、症状もかなり安定していて2カ月に1回くらいは推しのサッカーチームの応援で、静岡や大分、岡山などに応援に行ったりもしていました。それなりに2人で楽しい時間を過ごせていたと思います。
そして、直近のイベントです。2025年秋ごろからベッドで横になっているときに震えが出る、疲れやすい、以前に増して短期記憶があやふや、などNIIDが進行しているかなと思える状態が続いていたのですが、年末になって上唇に瘡蓋の様なものができていました。2026年の年明けには左の眉にも同じようなものができ、顔の右側が腫れてきました。
近所にかかりつけ医をもっていなかったので、ファストドクターのオンライン診療を受けたら、帯状疱疹と診断され「バラシクロビル」という薬が処方されました。
「バラシクロビル」の服用を始めて2日の朝食のあと嘔吐しました。週末でしたが脳神経内科でかかっていた大学病院に連絡し、週明けに入院となりました。検査の結果、バラシクロビル脳症と診断されました。2回のステロイドパルスなど様々な処置をしてもらいバラシクロビル脳症は改善したものの、その後もNIIDに関連する脳炎様症状が疑われ、激しい嘔吐が続きました。少し嘔吐が治まってきていたタイミングで退院後の自宅療養を見据えて経鼻経管での薬剤投与をしてもらっていましたが、嘔吐物を誤嚥してしまったことで中心静脈栄養となり最終的にCVポートを造設しました。
入院中、CVポート造設前に中心静脈栄養をしているときに感染症になったりと色々ありましたが、てんかん様の症状が少し残ったものの、嘔吐も治まり状態が落ち着いてきたことで約3か月間の入院を経て現在は医療特化型施設であるナーシングホームに入所しており、寝たきりの状態で、中心静脈栄養や抗てんかん薬の投与を受けながら生活しています。意志疎通もままならない状態ですが、呼びかけには反応してくれ、好きだったサザンオールスターズの楽曲やアニメの音楽を流すと反応してくれます。少しでも意識レベルが回復してくれればと毎日面会に行って声をかけています。
NIIDと診断される前の時期も含めると、症状が出てから十数年経ちました。私たちの経験はあくまでも一例ですが、この文章が読んでいただいた患者さんやご家族の参考になったり、不安を少しでも和らげたりすることに繋がれば幸いです。
